吉澤 遼馬
2023年1月31日
皆さんは「上背部の痛み」というと、どんなイメージを持たれるでしょうか?
上背部の定義としては諸説諸々ありますが、一般的なイメージとしては、
こんなイメージではないでしょうか?
今回は、そのような範囲の中でも「肩甲骨内側又は肩甲骨間の痛み」に注目して解説していきたいと思います。
個人的には、肩甲骨内側や肩甲骨間の痛みは上背部痛の中では比較的訴えの多い症状でないかなと感じています。
また、下部頚頚や肩甲骨あたりの痛みと思っていたものが、詳しく問診していると、肩甲骨内側の痛みであったという経験もあります。
この領域の痛みの特徴としては、急性期のような大きな痛みというよりも、「重い痛み」「だる痛い」「違和感がある」などが特徴です。
「仕事でずっと作業しているとダル痛くなってくる」
「前日に仕事を頑張りすぎると、翌日ダル重いなってくる」
「疲れが溜まってくると症状が出てくる」
このような、慢性痛に似たような長引く痛みを感じる人が多いです。
今回はこの「肩甲骨内側(肩甲骨間)の痛み」について、痛みの原因になるであろう要因やアプローチを解説していきたいと思います。
それでは、よろしくお願い致します。
目次
肩甲骨内側・肩甲骨間の痛みの要因
□頚椎椎間関節(神経根)性・椎間板性由来の痛み
□上位交差性症候群(マッスルインバランス)
マッスルインバランスとは?
□上〜中胸椎の可動性低下
介入前にまず除外すべきレッドフラッグ
上背部痛に対してのアプローチ
□頚椎椎間関節性の痛みに対してのアプローチ
・下位頚椎椎間関節離開ストレッチ
・上位胸椎伸展エクササイズ
頚椎由来の上背部痛の原因としては
①頚椎椎間関節(神経根)性
②頸椎椎間板性
によるものが挙げられます。
①頚椎椎間関節(神経根)性
頚椎椎間関節(神経根)性由来の疼痛のメカニズムとして、
椎間関節には神経根後枝の内側枝が知覚枝として分布しており、 椎間関節での侵害刺激や関節の炎症により、上背部痛への関連痛を生じます。
まとめると、
また、問題の生じた頚椎椎間関節の高位により、関連痛が生じる領域も異なってくることが多くの報告でも明らかになっています。
【参考文献】
1)Fukui,S et al:Referred pain distribution of the cervical
zygapophyseal joints and cervical dorsal rami Pain.68;79-83:1996より改変
以上のことからも上背部痛、今回のテーマである肩甲骨間あたりの領域の痛みとして、下位頚椎椎間関節(神経根)の問題により生じる可能性があると考えられます。
②頸椎椎間板性
同様に椎間板からも関連痛として上背部に関連痛を生じさせます。
メカニズムとしては、
頚椎椎間板の前方及び後方から洞脊椎神経が分布しているため、椎間板性疼痛は洞脊椎神経の刺激による関連痛症状と考えられています。
【参考文献】
2)Grubb,S,A,,et al.:Cervical implications from 12 years of experience,25、Spine:1382-1389:2000
頸椎椎間板の各高位による関連痛領域として、Grubbらの研究では以下のように報告されています。
この研究は、頚部~肩甲帯部痛を訴えた患者 160 名 807 椎間板に椎間板造影を行い、そのうち 404椎間板で造影時再現痛を認めました。その時の各椎間板レベル別に再現される
疼痛の領域を図示したものです。
【参考文献】2)Grubb,S,A,,et al.:Cervical implications from 12 years of experience,25、
Spine:1382-1389:2000から一部改変して引用
この結果からも、頚椎椎間関節(神経根)性の時と同様に、下位頚椎レベル(C5/6、C6/7)で問題が起こった時に、肩甲骨内側の関連痛が生じることが分かります。
そのため、アプローチのポイントとしては下位頚椎椎間関節への伸展ストレス軽減が大切と考えられます。
肩甲骨外転位での長時間保持や作業により、菱形筋が遠心性収縮を強いられ、筋性の肩甲骨間の痛みの原因になる可能性があります。
長時間の肩甲骨外転位保持がポイントです。
そのため、アライメントの見極めが重要であり、特にマッスルインバランスの中で提唱されている上位交差性症候群があるとより生じやすいのではないかと考えています。
1987年Jandaにより紹介された概念で、疼痛、機能障害、変性などから、抑制あるいは筋力低下と緊張あるいは短縮により生じる筋機能不全を指す。
【参考文献】
3)Janda V:Muscles and motor control in low back pain、Churchill Livingstone,New York;253-278:1987
筋力低下や筋緊張のバランスが正常よりも逸脱してしまう。そして。それにより疼痛が増悪してしまう現象のことをいいます。
このマッスルインバランスにはパターンがあると言われており、上肢帯のパターンを「上位交差性症候群(Upper crossed syndrome)」と呼びます。
また、ここでの注意点として、
マッスルインバランスにより、筋の緊張が強くなり筋力低下が生じた状態は、緊張による筋力低下(tightness weakness)と呼ばれ、筋力低下と粘弾性変化が共伴する状態であるという。
【参考文献】
4)赤坂清和:マッスルインバランスに対する評価と理学療法、理学療法科学 22(3);311-317:2007
そのため「筋力低下しているから筋力強化」と単純に考え、介入してしまうと筋緊張をより亢進させてしまい、筋力低下を悪化させてしまいます。
結果としてマッスルインバランスが強まり、より症状が増悪ということにもなりかねません。
そこでマッスルインバランスでは、まず緊張した筋をリラクゼーションやストレッチを優先します。
これにより筋の粘弾性を改善させるとともに、緊張や短縮した筋と関連がある筋の抑制や筋力低下を改善させることが重要としています。
以上が簡単なマッスルインバランスの解説となります。
より詳細に知りたい方は、書籍「ヤンダアプローチーマッスルインバランスに対する評価と治療」を参考にしてみて下さい。
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では、話を戻します。
この上位交差性症候群は、アライメントでいうといわゆる「猫背」であり、肩甲骨外転位になります。
このように肩甲骨アライメントが絶えず外転位になっていると、肩甲骨内転筋である菱形筋などは絶えず伸張されたポジションになります。
この伸張位で上肢の作業や動作をするとどうなるか?
菱形筋などの肩甲骨内転筋は作業あるいは動作中に遠心性収縮を強いられる形になります。
左写真:上下左右に動かしたり、重たいものを把持するほど負荷大きい
右写真:特に肘が浮いた状態だと上肢の空間位保持のためにより負荷大きい
これが長時間続くことにより、菱形筋などに過負荷がかかり、最終的には筋性の疼痛が出てくる可能性が考えられます。
イメージとしては「肩甲骨内側の肩凝り(肩甲骨凝り?)」みたいな感じです。
このように肩甲骨外転位での長時間の作業や動作は、それだけ菱形筋に負担がかかります。そのため、アプローチとしては安静あるいは動作時の肩甲骨アライメントの修正が重要になってきます。
また、痛みが沈静化してきたら負荷に耐えられるための当該筋肉(ここでは菱形筋)の筋持久力向上も必要なアプローチとなってきます。
上〜中位胸椎の椎間関節可動性が低下により、日常生活で同高位胸椎が動く量や機会も減少します。そうなると同高位の起立筋なども収縮機会が減り、伸張性や筋力低下に繋がり、最終的に筋循環不全による鈍痛を生じさせるという考えです。
また、関節ファシリテーション(SJF)という手技療法の概念の中にも関節機能障害という考えがあり、関節機能障害があると、その影響により関連する筋の筋スパズムを引き起こすとされています。
関節ファシリテーションとは?
SJF (Synovial Joints Facilitation)とは関節内運動学(Arthrokinematics)に基づく関節内運動及び関節の潤滑機構に基づく接近(close)技術を用いて、Mennell の関節機能障害(Joint Dysfunction)を治療し、自動・他動運動における関節の動きを、量的・質的に改善する治療的運動(Therapeutic Exercise)技術である。
引用サイト:5)関節ファシリテーション学会 http://www.joint-facilitation.com/index.html
関節機能障害とは簡単に説明すれば、関節包内運動の異常で関節可動域が量的(可動性)に、あるいは質的に制限がある状態と考えています。
また、より詳しく関節機能障害に関して知りたければ、こちらの書籍を参考にして頂ければと思います。
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厳密に言うと可動性低下と関節機能障害はイコールにはなりませんが、関節機能障害には可動性低下も要素の1つとして含まれます。
さらにはSJFでは、胸椎椎間関節の関節機能障害による可動性低下は同高位の起立筋の筋スパズムを引き起こすとされています。
これらのことからも胸椎可動性低下(胸椎椎間関節が正常に動かなくなること)により、起立筋由来の肩甲骨間の鈍痛を生じさせる可能性が考えられます。
この場合のアプローチとしては、制限されている高位の胸椎椎間関節の可動性を改善することが重要になってきます。
上背部痛を含めた背部痛はレッドフラッグが潜んでいる可能性も否定できません。
患者さん・セラピスト双方のリスクを回避するためにも、介入前にレッドフラッグがあるかどうかの必ず確認はしましょう。
【参考文献】6)背部痛 理学療法診療ガイドライン;21−24、2007
そのための最低限の問診として、
また、この他にも背部痛は内蔵由来による関連痛も出現しやすい場所です。
問診していて、筋骨格由来の症状と異なる所見が目立つようなら、その辺も視野に入れ、評価していきましょう。
1つの例として、肩甲骨間の鈍痛として胃から関連痛として出ている場合があります。
この場合は、運動療法や徒手療法などよりも胃腸を休める食事療法だったり生活習慣の改善、東洋医学的な考え方(経絡や漢方)の方が有効であると考えられます。
※ただし、この場合はあくまでも軽い症状であるため改善された可能性が高いと考えられます。著明な痛みや吐き気などの強い症状がある場合は、必ずまずは専門医の受診を優先しましょう。
先ほど説明したように、椎間関節の炎症や過剰な刺激により頚神経根部にも刺激が入り、関連痛が出現する可能性を説明しました。
この場合、椎間関節に負担がかかる最たる要因としては、
椎間関節伸展ストレス
そして、肩甲骨内側・肩甲骨間の関連痛としてC5/6、C6/7、C7/Th1の下位頚椎椎間関節伸展が原因と考えられます。
そのため、介入するべきこととしては同部への伸展ストレスを減らせるようなアプローチがポイントとなります。
今回はセルフで行う下位頚椎椎間関節の「離開」(イメージとしては牽引に近いです。)ストレッチをご紹介します。
亜急性期の炎症期などでは、軽く10回程行ってもらうことで除痛効果があることが示されています。
なるべく上位の胸椎伸展を出しやすくしたいので、腰椎〜中位胸椎・頚椎の伸展代償が入りにくい姿勢でエクササイズを行います。
ポイントとしては、
「頚部を軽度屈曲位(可能な限り屈曲位にしたいが、しすぎると上位胸椎まで屈曲位になってしまうので注意)に保つということ」
「両手掌or両肘を尾側方向に引くように力を入れる(手・肘の位置は変えずに床を引っ掛けるような感じ)」
この2点を意識することでより上位胸椎の伸展が入りやすくなります。
上位交差性症候群は、いわゆる「猫背」に近いアライメントでした。
アプローチは単純に「過緊張or短縮筋」に対して緊張抑制・伸張性の改善をし、「抑制筋or弱化筋」には筋出力向上・筋力強化を行います。
また。アプローチの順序としては基本的には「過緊張筋の抑制」を最優先します。
左(過緊張の抑制)ほど優先順位高い
アプローチの優先度の順番としてはこんな感じです。
ただ、実際には同時進行していくことも多いです。
しかし、患者さんによって過緊張や筋短縮が強すぎたりすると、筋出力促通や筋力強化系の運動の際に代償が入ってしまったり、上手くできなかいことが多々あります。
その場合は、まずホームエクササイズで過緊張筋の抑制や筋短縮を改善するようなエクササイズのみ指導します。
その後、改善が見られて代償無しで行えそうになったら筋力トレーニング系の運動に進んでいった方がスムーズに行く場合が多いです。
ではアプローチのご紹介です。
今回は、上位交差性症候群で問題になりやすい「大胸筋・小胸筋の過緊張」「僧帽筋下部の弱化」に対しての運動療法をご紹介します。
大胸筋の緊張抑制あるいは伸張性改善として今回は大胸筋の「ASTR」をご紹介します。
ASTRの概要詳細は下記のサイトでご確認下さい。
簡単に説明します。
筋線維の硬結や伸張制限がありストレッチをしても、実際は問題のない部分の筋線維ばかりが伸張され、制限部位はあまり伸張されないといったことが多々あります。
ASTRでは制限あるいは硬結部位ピンポイントに焦点を当て、アプローチすることが可能とされています。
今回は筋緊張改善のため、実際のASTRよりもかなりマイルドの力で行うことでリラクゼーションを図ります。
そのため、指で引っ掛ける強さは「気持ちよく感じる」「筋の表層のみに引っ掛ける」ような力加減で行います。
何度も言いますが、筋肉のリラクゼーション(筋緊張改善)を目的にする場合の指の引っ掛ける強さは、「気持ちよく感じる」「筋の表層のみに引っ掛ける」ような力加減になります。
もし、問題が伸張性制限や筋硬結である場合は、よりしっかりと指をフックして(引っ掛けて)行う形になります。
今回は小胸筋を振動を与えることでリラクゼーションを図る方法をご紹介します。
上半身は半身にし、最終的には床に手全体が着くくらいになればOKです。胸郭が柔軟な方は最初から手が床についている場合があるかもしれませんが、着いたまま行ってもらっても問題ありません。
ポイントは小胸筋が少し伸ばされた状態で脱力し、振動が加わることが重要となります。
頭部前方偏位の症例に僧帽筋下部トレーニングにより姿勢の修正効果があったという報告があります。その中で紹介されていた僧帽筋下部トレーニングを今回ご紹介します。
【参考文献】
7)Chong-Suh lee:Effects of Lower Trapezius Strengthening Exercises on Pain, Dysfunction, Posture Alignment, Muscle Thickness and Contraction Rate in Patients with Neck Pain; Randomized Controlled Trial、Medical Science Moniter 26:2020
上〜中胸椎の各分節の可動性低下により同高位の起立筋の筋循環不全が生じたり、関節機能障害により筋緊張が向上(筋スパズムが発生)し、それにより起立筋由来の肩甲骨内側の痛みを生じると説明しました。
そのため、アプローチとしては上〜中胸椎分節での可動性改善が必要になってきます。
この時の重要なポイントとして、可動性が低下している分節に対してアプローチするということが大切になります。
今回は、胸椎全体のストレッチというよりも、なるべく各分節の可動性改善を狙って行うストレッチをご紹介します。
まずこのモビライゼーションを行うために道具が必要になります。
作り方としては100均などで売っているマッサージ道具を使用します。
これを真ん中を脊柱棘突起に当てた時にボールの膨らみが椎間関節に当たりやすくするように少し工夫します。
また、これでなくてもちょうど良い大きさの似たような道具があればそれを使用して頂ければと思います。
個人的には下記のこれとかはちょうど良い大きさでオススメです。
【日本正規品】 トリガーポイント(TRIGGERPOINT) マッサージボール MB2 ローラー 首・背中用 筋膜リリース ストレッチボール グリーン 03314www.amazon.co.jp2,117円(2021年12月24日 11:04時点 詳しくはこちら)
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では、この道具を用いてセルフモビライゼーションを行っていきます。
方法②のセットの仕方をもう少し詳しく解説します。
このようなイメージで椎間関節にセットし、セルフモビライゼーションを行っていきます。
最初は難しいかもしれませんが上手く行えると、通常の胸椎伸展ストレッチなどの方法よりもピンポイントで問題部位にアプローチできるため非常に効果的です。
ぜひ試してみて下さい。
今回の内容は以上になります。
肩甲骨内側や肩甲骨間の痛みは、デスクワークや過度な運動不足の人に見られやすい症状かなと感じています。
そのような方で症状が出始めて間もなかったり、痛みが軽度である人であれば、ランニングなどの有酸素運動や肩甲骨や胸椎周りの運動をしてもらうだけでよくなる方も見えます。
(効果としては下行性疼痛抑制系賦活、疼痛領域の筋肉の血流循環改善など)
しかし、症状が慢性化していたり、強い症状が続いている場合だと中々こう単純にはいきません。
そのため、臨床で肩甲骨の内側の凝りや痛ダルいのが長く続いているような患者さんがいれば、ぜひ今回の内容を思い出して介入してみて下さい。
少しでも今回の内容が臨床の助けになれば幸いです。
1)1)Fukui,S et al:Referred pain distribution of the cervical zygapophyseal joints and cervical dorsal rami Pain.68;79-83:1996
2)Grubb,S,A,,et al.:Cervical implications from 12 years of experience,25、Spine:1382-1389:2000
3)Janda V:Muscles and motor control in low back pain、Churchill Livingstone,New York;253-278:1987
4)赤坂清和:マッスルインバランスに対する評価と理学療法、理学療法科学 22(3);311-317:2007
5)関節ファシリテーション学会 http://www.joint-facilitation.com/index.html
6)背部痛 理学療法診療ガイドライン:社団法人日本理学療法士協会
;21−24:2011
7)Chong-Suh lee:Effects of Lower Trapezius Strengthening Exercises on Pain, Dysfunction, Posture Alignment, Muscle Thickness and Contraction Rate in Patients with Neck Pain; Randomized Controlled Trial、Medical Science Moniter 26:2020